今日は、雪の降るような寒い日だった。
私は小町の様子を見に彼岸を歩いていた。この頃はしっかり仕事をしてくれているらしい。
あ、居た居た。
「小町!」
「あ、四季様!」
川辺に立っていた小町に声をかける。
ちょうど船を渡し終えたところらしかった。
「どう、ちゃんとやっている?」
「もちろんですよ!」
元気よく小町が答える。
返事だけなら満点なんだけどねぇ。
「ああ、そうそう映姫様。さっき、子どもがひとりここに迷い込んでたんですよ」
唐突に小町が言う。
「子供?」
「はい、こんくらいの、ちっこい女の子です」
小町は自分の腰あたりに手を持ってきてその子のことを説明する。
「危ないからお帰りよっていったんですけどねぇ。どうにも聞いてくれなくて。ですから四季様、言ってやってきてくれませんか?」
「私が?」
「はい。四季様は説得がお上手ですから。あたいが言うよりもずっと効果はあると思いますよ」
「・・・・・・そうですか。ならしかたありませんね。その子はどこに?」
「えーと、あっちらへんですね」
そう言うと小町は、遠くの方を指さした。
あっちらへん、と言われても分かりづらいのだけど。
「ありがとう。行ってみるわ」
とりあえず、行ってみることにする。
雪はもう、あたりにつもっていた。
気温も震える程度に低い。
防寒着を持ってくればよかった、と少し後悔をした。
しばらく歩くと、小町が行っていたような子が見えた。
きっと、あの子だろう。
近づいて話しかける。
「ねぇ、ちょっといいかしら?」
私が言うと、その子は驚いたようにこちらを向いた。
まだ五つか六つほどの、幼い子だった。
「里のこ? どうしてここに居るのかしら?」
その子は答えない。
「ここは危ないわ。早く戻らないと。雪も降っているし、風邪をひいてしまうわよ?」
私が言うと、その子はふるふると首を横に振った。
「・・・・・・わたし、帰れないの」
「帰れない?」
その子の言葉に疑問を抱く。
どういうことだろうか。
「かあさまが、お前はここにいなさいって。おうちにはもどってはいけないって。だから、帰れない」
その言葉で、私はこの子が捨てられたのだと悟った。
なんてこと。
こんなところに子供を捨てるなんて。なんてひどいのだろう。
「どうしてお母様は、貴方をこんな所に連れて来たのかしら?」
事情をもっと詳しく知るため、この子に聞いてみる。
「あのね、わたしのとうさま、昔に死んでいるの。でね、ずっとかあさまと二人でくらしていたのだけれど・・・」
「だけれど?」
「こんどね、新しいとうさまができることになったの。でも、そのとうさま、わたしのことがきらいだって・・・・・・。だからおまえはここにいなさい、ってかあさまに言われたの」
そんな、そんな理由で今の親は子供を捨ててしまうの?
自分が産んだわが子を?
それを聞いて、私はこう思ったと同時に、心底呆れてしまった。
これは、一度説教をしに行かなければならない。
「貴方、お名前は?」
「ゆり」
「そう。じゃあゆりちゃん。お家へ還りましょうか」
「え? でもかあさまはダメって・・・・・・」
「いいんですよ。私があなたのお母様を説得してあげますから。さ、行きましょう」
私は、彼女の手を引いて歩きだした。
里へ向かって。
*
数時間後、私達は元の場所に舞い戻っていた。
彼女の案内で家へ赴いたのはいいものの、母親は「しかたない」を繰り返し、私の言葉に耳を傾けなかった。
しまいには、彼女の旦那が出てきて、彼女を一発はたいてピシャリと戸を閉めてしまったのだ。
なんてことをするのだと私は思った。
この人たちがやってきたときは、地獄へ行かせねばならないと思った。
でも、彼女は平気な顔をしていた。
はたかれたのはさすがに痛かったのか涙目になっていたが、それでも、悲しそうな顔はしなかった。
「かあさまのいうことだもの、しかたないわ」
そう言って。
私は彼女のたくましさに敬意を抱いた。
幼いながらもとてもしっかりしている。子供を捨ててしまうあの親の子とは思えない。
「わたしね、かあさまが大好き」
彼岸に戻って、彼女はそう言った。
「だからね、わたし、まってる。かあさまがわたしのこと、むかえにきてくれるの」
なんの穢れもない純粋な笑顔で、彼女はそう言うのだった。
このたくましさが、不憫に思えて仕方がなかった。
思わず涙が出てしまった。
「お姉ちゃん、だいじょうぶ? どうしたの?」
「大丈夫よ、大丈夫・・・・・・」
ああ、神よ。
彼女をどうか、幸せにしてください。