忍者ブログ
  • /04 «
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • » /06
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

『私の名前をお知りになりたいのでしょう?』

そう言って、少女は笑った。
林檎のような少女だと、私は思った。
白く美しい肌に、少しだけ赤い頬。
切れ長の涼しい瞳。
林檎のように美しい少女だった。

『でも、今思い出せなくて悲しいのです』

少女はそう、本当に悲しげに笑った。

「自分の名前なのに、思い出せないのかい?」

私が問いかけると、少女はこう答えた。

『しばらく使っていないもので。というより、私に名前などあったかどうすらわからないのです』

それから少女は、私にこんなお願いをした。

『どうぞ、お好きにお呼びになってください』
「そう言われても、ね」
『ああ、そういえば、少しだけ思い出しました。私の名は、五月に花を咲かす植物だと母が仰っておりました』
「五月か」
『ええ、五月です』

林檎も五月に花を咲かせたな、なんて頭の片隅で呟く。

窓を風が叩く。
それにつられて外を見ると、木通が開いていた。

『秋色の合図でしょうか』
「え?」
『木通』
「ああ」

それから私と少女は、黙って窓の外を見ていた。

ポツリと、少女が呟いた。

『季節が、黙って去るのは、寂しいですか?』
「どういうことだい?」
『季節というのは、ひたすらに寡黙です。訪れる時も去る時も、何も言わない。それは、寂しいですか?』
「さあ、どうだろうね。少なくとも私は、それが当たり前だと感じている」
『そうですか』

少女の言葉で、私はふと過去の事を思い出していた。
自分がここに来た経緯。
少女と出会うずっとずっとずっと前の話。
辛苦の果てにたどりついたのは、絶望の淵。

『泪を拭いてください』
「え?」
『顔も、あげてください』
「・・・・・・あぁ」

知らぬ間に私は泣いていたようだ。
らしくないと自覚しながら、涙を拭い顔を上げた。

『あなたも、人間ですね』
「君もだろう?」

唐突な言葉に、思わず言う。
少女はその言葉に、悲しげに首を振った。

『私が憧れてるのは、人間なのです』
「え?」
『啼いたり、嗤ったりできる、そのことが素敵』
「君もしてるじゃないか」
『いいえ、私のはハリボテです。私は人間ではない』

その言葉を聞いて、私はどこかピンとくるものがあった。

『でも、今思い出せなくて悲しいのです』

少女は、自らの名についてそう語った。
ならば私が。私が思い出させてあげよう。

「君の名前は、」
『え?』
「君は、『林檎』ではないかな?」

私がそう言うと、少女の顔がぱぁっと明るくなった。

『たった今、私の名がわかりました』

少女の姿が、薄く透明になる。

『あなたがおっしゃる通りの林檎です』

少女が消えた。
少女の居た場所には、ひとつの大きな、真っ赤な林檎。

『召しませ、罪の果実!』

私はその林檎を拾い上げた。
口に運んで齧ると、甘かった。

PR
<< 木下部長とボク * HOME * いやだなぁ。 >>

管理者にだけ表示を許可する
この記事のトラックバックURL

BACK * HOME * NEXT
BrownBetty 
忍者ブログ [PR]